Change the World Through … / 響

ヒュンメルが掲げるブランドミッション“Change the World Through Sport”(スポーツを通して世界を変える)。アフガニスタンとシエラレオネでサッカー代表チームのサプライヤーを務めるなど、ヒュンメルは失われた可能性をサポートする活動を続けています。

今回はそれをもっと日常的に考え、ミュージシャンや学生など8名に撮影&インタビューを実施。個人的なことや家庭的なこと、はたまた社会的なことでも、何かを変えようとしている、変わり行く実感を得ていることを伺うことで、より多くの人が世界を変えるきっかけを掴むことができないかと考えました。インタビュー第五回目は、スケーターの響さん。

自由にやりたいことができるスケボー

早朝の公園には、大型犬を散歩する夫婦やウォーキングやジョギングをを楽しむ女性がいる程度で、人気はまばらだ。2月の朝はまだ空気が冷たく、吐く息が白い。「スケボーは小3の時に始めました」と語る響くんは、父親が元プロ選手。親子のコミュニケーションの一つという意味もあって、父親から勧められたことがきっかけだという。

スケートボード利用が禁止されている場所もあるため、毎日することはできないというが、長い時で4時間ほど滑り続ける。週に一度は、父親とスケートパークにも通う。言葉を交わすよりも、滑りを確認するように、黙々と滑り続ける。ちょうど、野球少年が父親とキャッチボールを続けるような感じで。

ファッションとしてではなく、競技としてスケボーを始めた響くんの憧れは、世界一のスケーターと言われるショーン・マルトだ。24才のアジアン・アメリカンであるショーン・マルトは、10才の時にスケボーを始めた。普段から彼のDVDを見て、まだできぬ技をイメージトレーニングしている響くんは、髪型も憧れの人に合わせてカットしてもらうなど、シリアスにスケートボードと向き合っている。「超えたいっていうよりも、一緒に滑りたいんですよね。だから、高校生になったらスケートでアメリカに留学したいなって思っていて」と将来の夢は膨らむ。

「スケボーを始めて、2日目には乗れるようになって、乗れるようになったらどんどん楽しくなって。最初はこけただけで泣いてたんですけど、体が強くなったし、転び方を学ぶから、恐怖心が少なくなったんですよね。一度こけた時に歯がかけちゃったんですけど、その後も滑ることは怖くないんです。挑戦していく心ができたっていうか。スケボーは何か自由なんですよね。自由にやりたいことができるんです」とスケートボードが少年の人生を大きく広げている様が手に取るように分かる。

震災ボランティアを通して

響少年が大人へと成長していく物語に欠かせないものが、スケートボードの他にもう一つある。震災ボランティアである。母親のキミさんが一人で始めた震災ボランティア。「知り合いがボランティアをやっていて、何となく行ってみたいなって思って。響はまだ小さかったし、どんなことがあるか分からないから、とりあえず一人で行ったんですよね。でも、帰ってきたら、何だか自己満足の世界だな、って思えちゃって。だから継続的に行こうって思ったんですよ。それで響も誘ったら、『行きたい』って言うので」。こうして母親と息子二人でのボランティアが始まった。

ペンキ塗り、ガレキ処理、石段の修理など、被災地では様々なボランティア活動を行う。「最初行った時、というか行った瞬間に衝撃を受けたというか」と口ごもる響くん。信じられない光景や言葉にならない思い。そんな全てを受け入れて、少年が東京に戻ってから感じたことは「誰かの役に立ちたい」という思いだった。

母親のキミさんも語る。「現地の方でなく、しかも小学生でボランティアなんて、なかなかチャンスがないと思うんですよ。すごく、気持ち的にしんどくなるかな、って心配もありましたが、小さな時に行くことが、響の成長にもつながるんじゃないかな、と」。

2-3ヶ月に1度、継続的に石巻に通う響くん。石巻にはスケートパークもあり、東北のスケーターとの交流も始まった。「スケボーって自由なんですよ」ともう一度最後に語った響くん。思いやりの心を持った少年は、自由の翼を手に入れた。

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「子どもっぽくならないようにっていうことと、スケボーするので、アクティブに動きやすいスタイルで。カジュアルモノトーンって感じで、シューズの赤をポイントにしてみました」

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