ライフワークとしてのアンプティサッカー

病気や事故で手足を切断した選手が松葉杖をついてプレーするアンプティサッカー。春の全国大会「第四回レオピン杯Copa Amputee」(特別協賛:湧永製薬株式会社、オフィシャルサプライヤー:株式会社エスエスケイ hummel)が、5/13-14に大阪市の鶴見緑地球技場で開催され、2日間で11試合の熱戦が繰り広げられました。


第四回レオピン杯Copa Amputee

4回目となる春の全国大会には、9チーム84選手がエントリー。FC九州バイラオール、FCアウボラーダ、関西セッチエストレーラス、アフィーレ広島AFCの4チームに加え、合同チームが2チーム(アシルスフィーダ北海道AFC+AFCバンブルビー千葉+FC ONETOP、TSA FC+ガネーシャ静岡AFC)の6チームで争いました。

大会初日は、3チームずつに分かれたリーグ戦。オープニングマッチは、ヒュンメルのサポートする関西と昨年のレオピン杯チャンピオン九州の一戦。昨秋の日本選手権では、1-3と2点ビハインドから一時は追いついた関西。敗れはしたものの、過去9度の全国大会のうち、4度の優勝を誇る九州の背中が見えてきていました。

迎えたレオピン杯開幕戦、2ゴールを挙げたキャプテン冨岡忠幸選手は、「今まで足りなかった、最後まで集中を切らさないことや全員のモチベーションを試合を前に高められてきたことが、今日の勝利に繋がったと思います」と話しました。

続く広島戦も2-0とし、初日を連勝で終えた関西は、準決勝で千葉・北海道・ONETOP合同チームに2-0。中盤でボールを奪えること、積極的に攻める姿勢を保持したことが、3連勝での決勝戦進出の要因となりました。

ライフワークとしてのアンプティサッカー

ディフェンスの一角を担った川村大聖選手は、アンプティサッカーを始めて3大会目にして初のスターティングメンバーに。川村選手は、先天性で右足の膝下に欠損があるだけでなく、右手指機能全廃のためクラッチが握られないのですが、アンプティサッカーがしたいという強い思いから、特製クラッチを装着し、プレーしています。

川村選手のクラッチを製作した義肢装具士の須藤佑介さんは、「アンプティサッカーをすることで、普段義足をつけて生活をしているだけでは使わない部分に筋力がつき、交流を通して笑顔が生まれています。それに、ライフワークとしてのアクティビティを楽しまれているんですよね」と、専門職としてやりがいを感じていると話してくれました。

他のフィールドプレイヤーと違い、腕の障がいもある川村選手は消耗が激しく、決勝前半を終えてプレーが続けられない状態に。「熱中症で決勝後半に出られなかったのが心残りです。秋の日本選手権に向け、成長した姿を見せれるように全力で練習を楽しみます」と涙に暮れながらも前を向きました。


全力でプレーした選手たち

決勝戦は、アウボラーダが攻め、関西がカウンターを狙う形に。大会を見守った日本障がい者サッカー連盟の北澤豪会長は、縦に切り込もうとする関西の川西健太選手とアウボラーダのDF新井誠治選手の攻防を引き合いに、「親子ほど年が違う新井さんと健太君の対決が印象的で、アンプティサッカーの普及と強化がうまくいっていることを表していると感じられました」と話したように、激しい戦いは、アンプティサッカーの未来をも感じさせるものに。

試合は、1-1で迎えた後半21分、新井選手がドリブルでオーバーラップし、優勝を決めるゴールをアシスト。関西セッチエストレーラスは、あと一歩届かず2度目の準優勝に。スタンドから寄せられた大きな拍手に、キャプテン冨岡選手が、「選手全員、全力で戦いました。ありがとうございました」と挨拶。大きな胸の高鳴りが、試合後も鼓動として感じられる決勝戦となりました。

「Change the World Through Sport.(スポーツを通して世界を変える)」をブランドミッションとするヒュンメルが、アンプティサッカーと関わりを持ち始めて3年余り。選手やスタッフの前を向き、チャレンジする姿勢の先に新しい世界が開けている。そんなスポーツの持つ可能性が強く感じられる大会となりました。

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