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名古屋グランパス佐藤寿人、「地域密着のJクラブだからできること」

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170cmと小柄ながら、J1の通算得点で歴代2位となる161得点、また、前人未踏の12年連続二桁得点と、Jリーグきってのゴールハンターである佐藤寿人選手は、思考し、チームメートとコミュニケーションを図ることで、ゴールを量産してきた。プロアスリートとして競技レベルを高めることはもちろん、チームや地域にとって、サッカーがどういったプラスをもたらすことができるのかについても、常に考えるストライカーに話を聞いた。

 

名古屋移籍初年度にキャプテン

佐藤寿人選手は、2000年にジェフユナイテッド市原でプロデビューし、セレッソ大阪、ベガルタ仙台を経て、2005年よりサンフレッチェ広島でプレー。広島初年度より18ゴールと活躍し、12年連続二桁ゴール記録を樹立。2012年にはMVP、得点王を獲得するなど、広島で3度のJ1優勝に貢献した。長年親しんだ広島での引退も考えた佐藤選手だが、選手として、戦力として必要とされる場所を求め、2017年、名古屋グランパスに移籍した。

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名古屋グランパスは、1992年のJリーグ発足時に加盟した10クラブのひとつ。その名門クラブが初めてJ2でプレーすることになった2017年シーズン、移籍初年度の佐藤寿人選手は、キャプテンマークを巻くことになった。「昨年は、選手の入れ替わりが激しく、まったく新しいチームで臨むシーズンでした。チームを一緒につくっていく難しさを感じましたが、キャプテンとして、最低限の目標であるJ1昇格は達成できました」と話す。名古屋グランパスは、2017年、J2リーグを3位で終え、J1昇格プレーオフを勝ち抜き、1年でのJ1復帰を決めた。

 

クラブのストーリーにいる選手

「選手として結果を残すことはもちろんですが、年を重ねるにつれて、クラブが良くなることに対してどうできるか、クラブが良くなっていくというストーリーの中に選手としていたいな、と思います。広島では、そういう実感が得られました。グランパスには苦しいときに入って、まだ道半ばにいます。そういう中で、どうやったらもっと良くなるのか、といつも考えています」

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今年は、ロシア大会のため、J1リーグは5月20日の試合をもって、一時中断期間となり、7月18日から再開する。中断までの15試合を名古屋は2勝10敗3分の勝点9で終え、18チーム中、最下位に沈んでいる。「今シーズンは、J1に戻ってきて、なかなか結果を出せておらず、苦しいシーズンになっています。そういう中でも、良いクラブになりたいという思いを力に変えていくためにも、結果を出していくこと、それに、長い目で見てクラブがどう発展していくか、の両方を心がけています」

 

地域密着のJクラブだからこそ

佐藤選手は、 2003年から2シーズン、仙台でプレーした縁や、2016年より4年間、日本プロサッカー選手会で会長を務めてきたこともあり、2011年よりサッカーを通した復興支援活動を行ってきた。「毎年6月に、復興支援に行かせてもらっています。1年たって、成長している姿を見られたり、『試合を見たよ』と声をかけてもらったり。僕自身は、被災地とは離れた場所に暮らしてはいますけど、繋がりを感じますし、町を歩いていると復興はまだまだだと感じます。また、震災の報道だと、やはり3月に集中しがちです。僕らは、子どもたちとサッカーを通して触れ合って、知ることや見ることができる。だからこそ、発信する役割もあると思います」とプロサッカー選手としての社会的な役割も担っている。

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写真は、広島土砂災害後に行われたサッカークリニック。

そして、Jリーグが、38都道府県に本拠地を置く57クラブ(J1:18、J2:22、J3:17)に拡大しているメリットを説く。「東日本大震災の後も、熊本や新潟、広島など全国各地で自然災害が起きていますが、各チームのサポーターが助け合っています。それが、Jリーグが全国各地にある素晴らしさだと思います。地域密着とはまさにそういうことで、地域を、地域にいる人を気に掛けるという意識が、サッカーには強いように思いますし、気にかけられる機会が多いのだと思います。僕自身は、サッカー選手として継続した活動ができればと思っています」

 

佐藤寿人選手について

1982年3月12日生まれ 埼玉県出身
市原(現千葉)、C大阪、仙台を経て、2005年から広島でプレーし、3度のリーグ優勝に貢献。2017年より名古屋グランパスに移籍。。J1通算161ゴールは、歴代2位。また、12年連続二桁得点はJリーグで唯一。スペースへの飛び出しとシュートテクニックを武器にした日本屈指のストライカー。
【佐藤寿人公式ウェブサイト】