パラディウムと日常を冒険へ

MY EXPLORATION vol.01 DJ MAAR

根っからのDJが信じる直感

パラディウムがテーマにする"CITY EXPLORATION"(都市探検)インタビュー 第一回目は、16才の若さでDJのキャリアをスタートし、リミキサー、プロデューサーとしても活躍するDJ MAAR。

彼は2015年に活動を休止したDEXPISTOLS(デックスピストルズ 以下、DEX)や、2013年に始動したFAKE EYES PRODUCTION(フェイク・アイズ・プロダクション)といったプロジェクトを並行し、日本のみならず、アジアやヨーロッパへ活動を広げている。ダンスミュージックの祭典<ULTRA JAPAN(ウルトラ・ジャパン)>には、日本人としては唯一、DJとライブセットを含め、3年連続でステージへ。4回目の出演となる今年の<ULTRA JAPAN 2017>には、9月17日にULTRA PARK STAGEでDJ MAARのDJセット、9月18日はLIVE STAGEにてFAKE EYES PRODUCTIONでライブセットと、両日の出演となる。

ずっと味わってきた挫折感

DJ MAARの原体験は、中学時代に遡る。「雑誌で見た芝浦GOLDや六本木のサーフカルチャー系のクラブが面白そうにみえて、遊びに行くようになったんです。ガンズ・アンド・ローゼズやニルヴァーナが流行っていたけど、『まわりのみんなが聴いているから、流行っているから聴かないといけない』というのはイヤで聴かなかった。そういう面で、学校では少し浮いていたかもしれないけど、自分みたいなやつでもクラブに行けば浮かなかった。それに、テレビで聴くことができない曲が流れていたり、雑誌や街じゃ見たことのないようなオシャレなファッションを楽しんでいる人もいた。それが面白くてクラブにのめり込んでいった」

「DJを始めた頃からミックステープを作り始めて、18の時にGOLDでは最年少でDJをさせてもらえたけど、『こんなDJですみません』って思うことばかりでした」と語る。DJ MAARが27才の時に日本最大級の規模を誇る新木場ageHaがオープンし、彼はレギュラーに抜擢された。2年近くレジデントを務めたが、この時も挫折の連続だったという。

「キャパシティは3000。スケジュールはDerrick May(デリック・メイ)、DJ EMMA(エンマ)さん、その次が俺。条件や流れを考えたら『うまくいくはずなんてない』って思ったけど、大抜擢していただいたからには全力だった。でも、何をやっても思うようにいかない。『何が違うんだ』って、日曜の夜は泣いたし、物にあたったこともあった。プレッシャーと期待。うまくいかない自分と向き合う期間だったなと思う。『DJとしてやれている』なんて思えるようになったのは、ここ数年の話ですよ」

多様性の時代だからこそ磨く直観力

ファッションに音楽。トレンドのサイクルは目まぐるしく動き続けるが、DJ MAARは半生よりも長い25年という期間、現在進行形でダンスミュージックシーンへと影響を与え続けている。「ファッションも音楽も、無理して先取りをして突き詰めることもしたくないし、ディグる(掘る・探す)ことも多くないんです。昔から出会いと知るきっかけに恵まれていたから、影響を受けるほうが多い。例えば、今回声をかけてくれたPALLADIUMも、高校時代のオシャレな友達が履いていたから『なにそれ、格好いいじゃん』って取り入れたり。でも、きっかけが多いからこそ『その中でなにを選択するのか?』って、自分の直感力を日々磨いていかないといけない。本は読むし、ニュースもチェックする。現場も確かめたい。とにかく、興味を持ったら突き詰めないと気がすまないんです」

自分の直観を信じて選択すること、見知らぬ世界への好奇心は祖父の影響が強いという。「祖父は大戦中、海軍に所属していて、乗船していた軍艦は沈められ、回天(特攻潜水艦)で出撃することが決まった時に終戦を迎えたから、終戦後は悔しい思いをして。今となっては知ることはできないけど、なんとかその悔しさを乗り越えて、マインドシフトをした人だった。舶来物に感化されて、自分がいい物だと思えば直感を信じて、選択して受け入れる。戦後すぐに整備工を始めて、黄色いビートルを自分で組み立てて乗っていたり。小さい頃に祖父の家へ遊びに行けば、家電はゼネラル・エレクトリック、シャツはペンデルトン。そんな祖父の姿を見て育ったから、今の自分がある。それに、幼少期から海外カルチャーに触れることができたから、外への好奇心も強くなった。感謝しきれないですね」

衝撃的な経験

<FUJI ROCK FESTIVAL(フジロック・フェスティバル)>や<ULTRA JAPAN>などのビッグフェスへの出演、世界各国でのプレイを通じて、多くのアーティストと共演してきたが、フランス人デュオDaft Punk(ダフト・パンク)から受けた影響が大きいと語る。「高校時代にルーブル美術館に行きたいと思ったり、パリコレにも興味があったり、フランスにはずっと憧れがあった。音楽を通じてEd Banger(エド・バンガー)にお世話になって、パリのSocial Clubでもプレイしたし、Birdy Nam Nam(バーディーナムナム)とも共演したけど、やっぱり、ダフトパンクの存在は外せない。ハウスだったらゲイカルチャー、テクノならゲットー、ヒップホップは貧困やストリート・ギャングだったり。虐げられてきたクラブミュージックだけど、経済が豊かになって、少しずつ平和な時代がきて市民権を得てきた」

「そんな頃に、ダフトパンクは肩の力を抜いた感じで『俺らはロックやハウス、なんでもやるけど、今はダンスミュージックをやりたいんだよね』って出てきたんだけど、本当に格好良かった。ミックス加減も絶妙で、踊れる。それが面白くて。インタビューをしたこともあるけど、こだわりが強くて、深く考えて話す。ひとつの質問に対して、返しが15分くらいかかる。そのひとつひとつを聴いて、次元の違いを感じたのを覚えているし、ダフトパンク初のライブツアー<ALIVE>のフロントアクトに抜擢されて共演したことは、衝撃的な経験のひとつですね」

上がり下りの人生を突き進む

DJ MARRは、この夏、フェイク・アイズ・プロダクションとしては、ファーストアルバムとなる『Let's GO Heathrow(レッツ・ゴー・ヒースロー)』をリリースした。タイトルを直訳すると、「ヒースローへ行こう!」になるが、収録された楽曲からは、タイトルの背景は見えてこない。「アルバムと曲のタイトルを見た人はきっと『?』って感じるはず。タイトルは思い付きだし、意味も後付け。タイトルだけじゃなくて、曲のフェードアウトからインまで混沌としていて意味なんてない。意味を考えだしたら意味がなくなっちゃう。考えないで通しで聴いてみたら、実はすべてが繋がっているんですけどね」

「デトロイト・テクノにUR、ヒップホップも好きなのに、『デトロイトやゲットーに住んでいるアーティストと、自分の背景が一緒じゃない』って考えて、憧れすぎて肩に力を入れていた時期もあったけど、DEX時代からは肩の力を抜いて『自分の感性を信じて好きなものだけセレクトしてもいいし、その方が面白いんじゃないのかな』って思えるようになった」

「DEXだろうとフェイク・アイズ・プロダクションだろうと、イベントもageHaだからとか<ULTRA JAPAN>でも変わらない。ファッションも音楽も、流行るものを突き詰めて探すのは自分には合わないし、自分が格好良いと思う直感を信じて突き進んでいきたい。もちろん、直感を信じることはいつも良い結果を招くわけじゃないし、突き詰めようとすれば終わりの見えないジェットコースターに乗って、上下左右にふりまわされて嫌になったことなんて何度もある。それでも、その繰り返しが糧になっている。いつもハラハラしていたいし、やっぱり一生冒険していたいなって。上がり下がりがある自分の人生は選曲とも似ているかな。やっぱり根っからのDJみたいですね」

PROFILE


DJを軸に、リミキサー、プロデューサーとしても活動。2013年に立ち上げたShigeoJD(ex.スケボーキング)とのプロジェクトFAKE EYES PRODUCTIONの楽曲は、リカルド・ヴィラボロスら世界のTOPアーティストにもプレイされ、昨年の<FUJI ROCK FESTIVAL>や<ULTRA JAPAN>など、ビッグフェスへの出演も著しい。昨年より、世界でも有数のケーブルメーカであるオヤイデ電気に勤務。日本のダンスミュージック界を代表するアーティストであり、常にシーンへと新しい風を吹かせている。

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SOUNDCLOUD

INFORMATION


RELEASE
TITLE:「Let’s GO Heathrow」
ARTIST:FAKE EYES PRODUCTION
DATE:2017/08/25
MORE INFO:iTunes

MODEL


音楽に親和性のあるPALLADIUMとSMILEYのコラボモデルだから、プライベートや音楽の現場でも、まわりとかぶることは少ないだろうし、長く履きたい一足ですね。

PAMPA FEST BAG
PRICE:13,824 (tax incl.)
SIZE:23.0,24.0,25.0,26.0,27.0,28.0,29.0 cm