【ガイナーレ鳥取】
ガイナーレ鳥取は、1983年鳥取県内の教職員で構成された『鳥取教員団』がその歴史のスタート。「鳥取県を代表して全国を相手に戦う」チームとして産声をあげました。1986年の山梨国体では鳥取教員団が主力となった鳥取県が優勝。当時、大きな話題となりました。1989年、名称を『SC鳥取』と変更。先生に限らず県内の優秀なプレイヤー達が加わりました。
2007-2008シーズンより、『ガイナーレ鳥取』に変更。ガイナーレの『がいな』は、鳥取県米子(よなご)地方の方言で『大きな』という意味。勝利を掴み続け、更なる大きな世界にはばたくような『大きなチームになれ』という願いと夢を込めています。
1990年代はしばらく低迷しましたが、2000年中国リーグで山陰勢として初優勝。その勢いで臨んだJFL日本フットボールリーグ参入決定戦でも全国の強豪実業団チームを連破し、見事JFL昇格権利を獲得しました。しかし、この快挙の影でチームには年間活動資金問題が浮上。討議の末、JFLの舞台に挑戦することが決定され、幅広く地域の支援を獲得するべく「地域に根ざし愛されるクラブチーム」という新たな理念が加えられました。
2001年JFL初年度の活動は試合成績では最下位ながら、観客動員数第2位となるなど、「地域発全国へ」の大きなうねりが産み出されました。そして、2005年には地域のスポーツクラブとの協働による青少年年育成プログラムを通して子供達や地域との触れ合いの機会が増加。目標であった、地域から愛されるクラブチームへとなりました。
2008年Jリーグ参入に向け、鳥取からJリーグの舞台へと羽ばたきます。










