2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件の首謀者として指定された「アルカーイダ」の引き渡しに応じなかったタリバン政権に対し、アメリカ合衆国がアフガニスタンに侵攻しました。北大西洋条約機構(NATO)に駐留の権限が委譲されてからは、NATO中心の部隊がアフガニスタンの治安維持や開発、麻薬対策等の任務を遂行してきました。

1996年から2001年のタリバン政権下では、政治的自由はほとんど認められず、女性には参政権や教育を受ける権利も与えられなかったと言われています。サッカーをはじめ、スポーツは不法なものであると禁じられ、終身刑の罪に問われる可能性までありました。カブール国立競技場は処刑場として使われていたのです。
ヒュンメルは、2010年6月にアフガニスタンフットボール協会(AFF)とスポンサー契約を結び、 共通のゴールを持つようになりました。それは代表チームが世界チャンピオンになることではなく、 アフガニスタンの人々がつながりや喜びを感じてもらうきっかけとしてサッカーが広がっていく事でした。

女性の社会進出が進んだ今でも、女性がサッカーをすることに反対意見の多いアフガニスタンで、今回女子アフガニスタン代表とNATO兵との親善試合が開催できたことは大きな意義があります。この10年でほとんど進化のなかった国が変わりつつある実態を、世界中に向けて、そしてアフガニスタン国内に向けて発信したのです。

選手たちはプレーを通して、アフガニスタンの女性もサッカーをする自由があるということやスポーツを通じてともに仲間としてつながりを感じることができるのだということを表現していました。そして、もう戦争には飽き飽きしており、平和や幸福を願っているのだと。
アフガニスタン女子代表