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病気や事故で手足を切断した選手が松葉杖をついてプレーする第6回日本アンプティサッカー選手権大会が、10月1日-2日に富士通スタジアム川崎(神奈川県川崎市川崎区富士見)で行われました。ヒュンメルがサポートする関西セッチエストレーラスは、今大会も3位に入賞。スニーカープロジェクト「hummel PRAY」の収益によって寄贈したクラッチを使った体験会も実施されました。

2強に迫る、関西セッチエストレーラス

昨年の日本選手権、今春のレオピン杯と、2大会連続3位の関西セッチエストレーラス。今年発足した新チームガネーシャ静岡AFCと合同練習を実施したり、広島県で開催された「第1回西日本アダプテッドサッカーフェスティバル2016」に参加したり、FC九州バイラオールとの合同合宿を宮崎で行うなど、積極的に外に出た関西セッチ。アンプティサッカーの普及活動も含め、今回の日本選手権こそ、アンプティサッカー界のトップ2の牙城を崩そうとチームを高めてきました。

小雨がぱらつく中、迎えた大会初日。第一試合のTSA FC戦を5-0と勝利し、迎えた予選二試合目が、ディフェンディングチャンピオンのFC九州バイラオール戦。今春のレオピン杯準決勝では、1-5とまだまだ力の差があることを見せつけられましたが、今回は一味違いました。日本代表でもある九州の星川選手が、「合宿の時はそこまで思いませんでしたが、簡単には抜けなくなって、力の差が縮まっていることを感じました」と試合後に語ったように、1-3とリードを広げられた後半、同点に追いつく粘りを見せました。試合終了直前に勝ち越しゴールを決められましたが、翌日の決勝トーナメントに向けて、いい初日となりました。

大会二日目、ブラジル代表のキャリアもあり、日本でアンプティサッカーを広げるきっかけとなったエンヒッキ・松茂良・ジアス選手のいるFCアウボラーダとの準決勝。ゴール前中央からのFK、エンヒッキ選手のシュートを注意するあまりに、意表を突かれた形となったパスで崩され、先制点を許すと、追加点を入れられ0-2と試合は苦しい展開に。最後まで試合をあきらめずにボールを追う関西は、PKによる1点を返したもののタイムアップ。1-2で敗れました。

3位決定戦はAsil Bee千葉・北海道に2-1で勝利し、3大会連続の3位に。アウボラーダ、九州のいずれにも勝つことはできませんでしたが、あと一歩を感じさせてくれた大会になりました。今までとは違う手応えを感じた増田監督も、「あと一歩が足りませんでしたが、試合ごとに成長する選手の姿が印象に残った大会になりました。来年こそ優勝できるように、チーム一丸となってがんばっていきたいと思います」と話しました。

PRAY with Amputee Soccer

スニーカーを通して共生社会の実現を目指すプロジェクト「hummel PRAY」の第1弾では、日本アンプティサッカー協会と協働。リーフレットやムービーのモデルをエンヒッキ選手に務めてもらい、カンガルーレザー製スニーカーの収益全てをクラッチにして日本アンプティサッカー協会に寄付。今回、春のレオピン杯に続いて、小学校や地域でのイベントで使用するクラッチ(松葉杖)を大人用19セット、子ども用12セットの合計62本のクラッチを寄贈しました。

これにより、今までよりも多くの人が、選手と一緒にアンプティサッカーを体験できるようになり、障がいへの偏見をなくすだけでなく、「共に楽しむには」を考えるきっかけになればと願っています。ヒュンメルでは、“違いを受け入れる”ことを学ぶ機会を増やすことで、多様性を認め合える社会を目指しています。

今回も大会期間中に実施された体験会で、寄贈したクラッチを使用してもらい、多くの方にアンプティサッカーの楽しさと難しさを体感してもらいました。その中に、今大会、6位となった広島・静岡合同チームを応援に来た子どもたちの姿がありました。以前、神奈川県で小学生サッカーチームの代表を務めていた広島の小澤選手は、転勤をきっかけに、今年6月にA-pfeile広島AFCに参加。

『小澤コーチ、がんばれー』『小澤コーチ、かっこいー』との大きな声援に応え、5位・6位決定戦のPK戦では、シュートを2本ストップする活躍を見せた小澤選手。「みんなで試合を見に来てくれて、子どもたちはクラッチの体験会やピッチで行われたエキシビジョンマッチにも参加させてもらって。初めての障がい者サッカー観戦ということで、衝撃的に感じることもあるのではと少し心配もしていましたが、みんなで楽しんでいましたし、子どもたちにとってもありがたい機会になったと思います」と、久しぶりに再会した子どもたちのことを話してくれました。

みんながプレーできる障がい者スポーツ

大会は、延長戦の末、FCアウボラーダが3-1とFC九州バイラオールに勝利し、2年ぶりの優勝を飾りました。この試合、2得点でMVPを獲得したエンヒッキ選手は、「前回はPKで負けたから、PKは嫌だなと思っていたんです」と延長戦に入った時に感じたという。「最初失点した後も、ディフェンスもがんばってくれていましたし、絶対返すんだと思ってプレーしました。今日は特に応援がすごかったので、体全身がつったようになった後も、ボールがくるとモチベーションも強くプレーできました」と語り、アンプティサッカーを日本で始めた当初のことを振り返ってくれた。「最初は選手がいなくて。今回の大会は、子どもも女性も増えてきたことが嬉しいですね。パラリンピックの種目ではないですが、2020年に向けて、アンプティサッカーの認知度をもっと高めていければと思います」

日本アンプティサッカー協会最高顧問であるセルジオ越後氏も、子どもと女性選手の増加の良さについて話してくれた。「2020年の後、日本は高齢化の先進国となります。寝たきりや車椅子のお年寄りが増えて、社会問題となります。それと向かい合って、付き合うことが必要になります。今、障がい者は、大事にされすぎたり、距離を置かれたり、かわいそうだと思われたりという風に扱われることが多いように思いますが、障がい者の人たちが、社会でもっと当たり前になって、普通扱いされるようになることが大事だと思います。今回の大会も、子どもや女性が増えてきた。アンプティサッカーでも、勝った負けたが一番大事なことじゃない。勝つために子どもや女性の選手を出さないのではなく、みんながプレーできるのが、障がい者スポーツの基本だと思いますし、良さだと思っています」

アンプティサッカーとは

30年以上前にアメリカの負傷兵が松葉杖をついてプレーするサッカーを、リハビリテーションとして始めたのが競技のきっかけ。フィールドプレイヤーは主に片足の切断者で、日常生活で使われる通常の松葉杖をついてプレーし、GKは主に片手を切断しており、片腕でプレー。フィールドプレイヤー6名とGK1名の7人制サッカー。25分ハーフ、サッカーの3分の2ほどのサイズとなる40m×60mのコートで戦う。日本には2010年に導入され、日本代表は2014年メキシコワールドカップで初勝利。決勝トーナメント進出も果たすなど、近年実力を伸ばしている。
【日本アンプティサッカー協会ウェブサイト】http://j-afa.com