| 年 |
月 |
内 容 |
1946年 (昭和21) |
11月 |
創業社長佐々木恭三が京都市下京区に運動具店を創業。 |
1950年 (昭和25) |
8月 10月 |
繊維自由化に合わせ、ベースボールユニフォームの縫製を開始。初の「SSK」印商品。 大阪市南区(現中央区)松屋町に移転、社名を「株式会社佐々木恭商店」に変更。
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1954年 (昭和29) |
4月 |
革製野球グラブを製造販売。
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1956年 (昭和31) |
3月 5月 |
立体裁断ユニフォームを開発。 「佐々木株式会社」に社名を変更、「SSK印スポーツ用品」を本格的に製造販売。
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1958年 (昭和33) |
2月 |
「東京支店」を台東区に開設。 |
1959年 (昭和34) |
1月 |
阪神タイガース村山実投手と野球界初のアドバイザリースタッフ契約。 |
1962年 (昭和37) |
1月 |
読売ジャイアンツ柴田勲選手とアドバイザリースタッフ契約。 |
1965年 (昭和40) |
1月 |
ニチボー(株)と独占契約によるラビニット・トレーニングウェアを製造販売。 |
1967年 (昭和42) |
2月 8月 12月 |
ヒッティング・アイ・バット発売。 業界初のコンピューターFACOM.230-10を導入。 樹脂芯野球バット実用新案出願。 |
1968年 (昭和43) |
8月 11月 |
SSKレッドスキー靴開発、販売。 SB野球スパイク発売。 |
1970年 (昭和45) |
5月 |
「名古屋営業所」(現支店)を開設。 |
1971年 (昭和46) |
4月 5月 |
SSKオリジナルキャンピングセット発売。 ボウリング「ブランズウイック」の代理店に。 |
1972年 (昭和47) |
3月 4月 |
本社屋現在地に移転。鉄筋地上7階(一部9階)地下1階。 人気歌手の佐良直美と契約、山川啓介作詞、いずみたく作曲の「SSKの歌」発表。 |
1973年 (昭和48) |
5月 |
「SSKローレルエコー」ゴルフクラブ発売。 |
1975年 (昭和50) |
8月 |
広島・福岡・仙台の3営業所(現支店)を同時開設。 |
1975年 (昭和50) |
2月 3月 |
阪神タイガース「SSKエコーライン」トレーニングウェア採用。 オールポイント金属バット発売。 |
1976年 (昭和51) |
4月 4月 12月 |
福井県武生市にスポーツ衣料専門の縫製工場「佐々木工業株式会社」を設立。 「札幌営業所」(現支店)を開設。 「大阪流通センター」開設。 |
1977年 (昭和52) |
5月 7月 8月 |
ダイレクトウレタンソーリング方式のポイント底シューズ発売。 SSKスポーツ品の小売販売会社「株式会社エコースポーツ」を設立。 中国棒球視察団一行、大阪本社に来訪。 |
1978年 (昭和53) |
5月 5月 8月 |
ディンプルプロセスグラブを開発。 硬式用ワンポイント圧縮バット開発。 「SSラインシューズ」米、独、英、仏で意匠登録。 |
1979年 (昭和54) |
2月 2月 2月 |
「沖縄営業所」開設。 中国上海において野球グラブの生産開始。 ディンプルグラブ、米へ輸出。 |
1980年 (昭和55) |
2月 3月 8月 |
NSGA組織会員になり、国際スポーツ用品見本市に出展。 「SSK AMERICA INCORPORATED」を開設。 リエゾンオフィス(駐在員事務所)全国10ヶ所同時開設。
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1981年 (昭和56) |
4月 8月 10月 |
SSK硬式野球ボール高野連公認に。 横浜・四国の各リエゾンオフィスを支店、営業所として昇格。 「ナイキ」製品の専売会社「エスエスナイキ株式会社」を設立。 |
1982年 (昭和57) |
5月 11月 |
スキービンディングメーカーess社と日本総代理店契約。 アメリカ大リーグにおいてディンプルプロセスグラブの使用が公式認可される。 |
1983年 (昭和58) |
4月
10月 12月 |
創業者、代表取締役社長佐々木恭三死去。(4月15日社葬をもって弔う)副社長 菊池淳が社長に就任。 販売店会「SSS会」発足。 メーカー会「SCR会」発足。 |
1984年 (昭和59) |
4月 12月 |
前橋リエゾンオフィスを「大宮営業所」(現支店)として昇格。 オリジナルプリントウェア「SOMPS」開始。 |
1985年 (昭和60) |
4月 9月 |
西ドイツアクテック社の「ハイフライ」ボードセーリング発売。 日本サッカーリーグと契約し、JSLフレンドクラブ発足。 |
1986年 (昭和61) |
8月 9月 12月 12月 |
スポーツ業界初の物流オンラインシステム、「SOLVES」VANシステム完成。 スポーツイベント企画会社「株式会社エス・アール・ジョイ」を設立。 ドイツのロイシュ社製サッカーキーパー用品輸入販売開始。 振りぬきやすくスイートスポットを拡大した「ウイングフライト」野球バットを発売。 |
1987年 (昭和62) |
4月 5月 6月 11月 |
社名を「株式会社エスエスケイ」に変更。「京都営業所」を開設。 健康管理ソフトSSKトータルフィトネスシステムを発売。 ロイシュブランドのサッカー衣料ライセンス契約を結び、生産を開始。 SSK野球用品にBI(ブランドアイデンティティ)導入。 |
1988年 (昭和63) |
1月 9月 |
払込資本金を9,828万円に増資。 フランス・ノエル社の「ラインセブン」サッカースパイク発売。 |
1989年 (平成1) |
5月 8月 |
ウェルネス事業を行う(株)フィットネスプロジェクト設立。 「大阪流通センター」新社屋完成。 |
1990年 (平成2) |
3月 4月 6月 12月 |
英スコットランド「ジョン・レター」ゴルフ用品の日本総代理店に。 ドミニカ共和国野球ナショナルチームとオフィシャルサプライヤー契約。 オランダ、イタリア野球協会とナショナルチームのオフィシャルサプライヤー契約。 代表取締役会長に菊池淳、代表取締役社長に佐々木恭一が就任。 |
1991年 (平成3) |
2月 5月 11月 |
東京流通センター(現東日本流通センター)開設。 エアロビクスツール「ヘビーハンズ」の総発売元に。 デンマークのヒュンメル社と日本総代理店契約を結ぶ。 |
1992年 (平成4) |
1月 8月 8月 |
MLBグッズ&ウェアのオフィシャルライセンシー契約を結ぶ。 バルセロナ五輪開催中、野球サービスブース「SSKクラブハウス」を開設。 奈良流通センター(現西日本流通センター)開設。 |
1993年 (平成5) |
5月 7月
9月 |
IBAF(国際野球連盟)とオフィシャルスポンサー契約を結ぶ。 スウェーデンのフェールラーベン社と「フェールラーベン」アウトドア用品の日本国内独占販売契約を結ぶ。 デンマークのセレクト社と「セレクト」ボールの日本国内独占販売契約を結ぶ。 |
1994年 (平成6) |
7月 12月 |
アメリカのリーダ・スポーツエキスプレス社と野球ユニフォームで提携。 指導者や選手に向けて「第1回SSKベースボールセミナー」を開催。 |
1995年 (平成7) |
6月
10月 |
中南米の強豪、ニカラグア野球協会とオフィシャルサプライヤー契約を結ぶ。 世界の野球発展・振興への活動が評価され世界野球連盟(IBAF)より「エグゼクティブ・コーポレート・オブ・ザ・イヤー」を受賞。 |
1996年 (平成8) |
1月 7月
8月 9月 11月 |
第三次オンライン「SOLVES」システム稼働。 アトランタ五輪で、野球サービスブース「SSKクラブハウス」を開設すると共にイタリア、ニカラグアをはじめ参加国の販促活動を行う。またオリンピックに初めて審判用品、バットボーイ用具をオフィシャルに供給する。 フェールラーベン直営の1号店を銀座にオープン。 SSKホームページとして、スポーツのコミュニティーサイト「ウェブリーグ」を開設。 創業50周年謝恩パーティーを得意先・仕入先・スポーツ団体関係者などを招いて行う。 |
1997年 (平成9) |
1月
10月 |
全日本CM協議会(ACC)主催の第37回「ACC全日本CMフェスティバル」の企業広告部門において「秀作賞」を受賞。'92年から6年連続の受賞を達成。 野球のスピード化に対応する多本歯スパイク「Super9」を発売。 |
1998年 (平成10) |
4月 4月 9月 10月 |
データ重視の現代野球に対応する、コンピュータースコアブック「ザ・野球」を発売。 スポーツ用品総合カタログ573ページを収録したCD-ROM版の電子カタログを配布。 フェールラーベン名古屋店オープン。 SSKホームページ「ウェブリーグ」が日本経済新聞社主催の'98日経インターネットアワード、日本経済新聞社賞を受賞。 |
1999年 (平成11) |
3月 3月
7月
7月 9月 |
テキサスオーガニックコットンを使用した「プリスティンスポーツ」を発売。 SSKホームページ「ウェブリーグ」が日本オフィスオートメーション主催の「第3回インターネット・ホームページ・アワード」でコンテンツ賞を、ウェブデザイン・コンソーシアム主催の「第1回ウェブデザインアワード1999」でスポンサー賞をダブル受賞。 デンマークからナショナルチーム代表コーチを招き、第1回デンマークFUNサッカークリニックを開催。 フェールラーベン横浜店オープン。 販売店とSSKをオンラインで結ぶ「SSK-NET」を運用開始。インターネットを使用しリアルタイムに在庫照会・受発注が可能。 |
2000年 (平成12) |
2月 3月 9月
9月 |
MLB30球団のレプリカユニフォームを生産・販売を開始。 野球用品販売店向け支援CD-ROM「デジスポ」を配布。 バルセロナ、アトランタに引き続き、シドニー五輪でも野球サービスブース「SSKクラブハウス」を開設。イタリア、オランダをはじめ参加国の販促活動を行う。審判用品、バットボーイ用具をオフィシャルに供給。 スポーツ用品の専門店モール「WEB SPORTS(ウェブスポーツ)」オープン。 |
2001年 (平成13) |
2月 9月 12月 12月 |
ヒュンメルで「横浜FC」とユニフォ−ム等のスポンサ−契約を締結。 元代表取締役会長 菊池淳相談役死去。10月16日に葬儀・告別式を行う。 超軽量・吸汗速乾の機能性アンダーシャツ「S・C・α」を発売。 台北で行われた「第34回IBAFワールドカップ2001」にてSSK野球用品の国際販促を展開。 |
2002年 (平成14) |
1月 3月 3月 6月
9月 9月
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中国福建省廈門(アモイ)市に、野球グラブ工場「廈門恭成体育用品有限公司」を設立。 野球の基本を1冊にまとめた「プロに学ぶ 野球の常識」を作成。 ヒュンメルのカジュアルブランド「ヒュンメルファッション」の取扱を開始。 CM総合研究所/CM DATABANKの2001年度「CM好感度調査」で「ベスト・アドバタイザー2001」に選ばれる。 商品・販売促進情報の配信サービス「Eプロモーション」開始。 草野球愛好家を対象とした野球教室「プロに学ぶ野球の常識」を大阪ドーム・西武ドームの2会場で開催。 |
2003年 (平成15) |
1月
3月 9月
10月 |
女性スタッフによる、二十五〜三十歳のOLをターゲットとした新しい情報提供サイト「コレカラキレカラ」を開設。 フェールラーベン大阪店オープン。 SSK本社サイト(本社、販売本部、事業本部を含む)にて、ISO14001環境マネジメントシステムの認証を取得。(認証番号JQA-EM3357) プレイヤーの足を3D(三次元)解析し、足型、ソール、アッパーなど多方面からフィット感を追求した「Panafit(パナフィット)」ベースボールシューズを発売。 |
2004年 (平成16) |
4月 4月 8月 |
米Majestic(マジェスティック)社とMLB商品の輸入販売およびライセンス契約を結ぶ。 米NEW ERA(ニューエラ)社とMLB商品の輸入販売の契約を結ぶ。 アテネ五輪開催。IBAFオフィシャルサプライヤーとして、審判用品とボールボーイ用品を供給する。イタリア・ギリシャのナショナルチームをスポンサード。クラブハウスを開設し、ランチョン・パーティーを開催する。 |
2005年 (平成17) |
7月
7月 8月
9月 11月 |
SSK流通センターにて、ISO9001品質マネジメントシステムの認証を取得。(認証番号JQA-QMA12270) ヒュンメル、サンフレッチェ広島の佐藤寿人選手と個人契約。 地球温暖化対策に日本全体で取り組むプロジェクト「チーム・マイナス6%」 に参加。(登録番号PZS-2114364) フェールラーベン京都店オープン。 フェールラーベン福岡店オープン。
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2006年 (平成18) |
2月 3月 3月 4月 9月 10月 |
ヒュンメル、関東フットサルリーグ「プレデター」の市原誉昭(たかあき)選手と個人契約。
SSK高反発バット、ナイスハンターを発売。
メジャーリーグの名内野手オマー・ビスケル選手とアドバイザリースタッフ契約。
中国天津市「天津野球場」内へSSK野球用品ショールームを開設。
ヒュンメル、日本初の旗艦店「hummel原宿店」オープン。
東京都渋谷にフェールラーベン神宮前店オープン。
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