松下進インタビュー


自分自身、遅咲きのほうだと思うんですよ。24くらいでとりあえずフリーランサー始めましてね。コンピューターもない時代で、カタログや雑誌なんかも全部アナログ。ほとんどデザイナーとイラストレーターで作成するんですが、まずは写真を撮るためのスケッチを描くんです。そういう仕事は大量にあったので、収入は悪くなかったんですが、気がついた時、20代も後半になってました。まあいいかな、と甘んじたくなるところだったんですが、このままこうしてても自分の名前が出て行かないと思ったんです。

 

当時イラストレーターと言っても地位もまだ確立されてなかったですし、ネームバリューをつけていかないと大きな仕事がもらえない。それなら、出版関係の仕事をしなくちゃいけないと、挿絵やイラストを出版社に売り込みに行ったんです。そうして旅の雑誌やファッション誌にイラストを少し描くことになりました。そのイラストが、ポパイ(当時、平凡出版・現、マガジンハウス)の副編集長の目に止まり、ポパイの表紙の絵を描くことになったんです。1978年のことですね。当時ポパイというのは社会的な影響力もありました。西海岸ブームとかね。それからすぐに自動車メーカーや飲料メーカーなどからお仕事をいただくようになりました。

雑誌社に売り込みをかけていたのと同じ頃、アラン・オールドリッジという人の原画展に行きました。エアブラシでぶっ飛んだサイケデリックな大きな絵を描いてたんです。そこで絵を見ていた二人連れがいて。片方がやたら詳しくって。それを横でこそっと聞いていると、こんなめんどくさい画法はない。でも他にやってる人いないんだよね、と。僕はあれだけの質感が得られて、めんどくさくて他にいないんだと思うと、嬉しくなってね。その足で画材屋さんに行って、スプレー缶をワンセット買ったんです。そこから試行錯誤、独学でマスターしました。

小さい時から絵を描くのが好きで。小学校低学年の頃、おばがアメリカの軍人さんと結婚して、米軍基地で生活してたんです。その家にはスーパーマンやディズニーなどたくさんのコミックスや本があって、自然に影響を受けましたね。アメリカナイズされたものが好きで。父親は電気屋だったんですが、カメラをしていて、いろんな写真を見てたし、こうやって撮るんだと一緒に出掛けたりしてたんです。あと映画が好きで休みの日に連れて行ってくれて。

 

それから中学生の頃、ロンドンで活躍していたバンドでシャドーズっていうのがあって、ファン雑誌を見たりして、ロンドンへの漠然とした憧れができました。いつかこの街に住んでみたいな、と思ってたんですが、50歳から3年間住みました。街の中でインスピレーションも沸くし、創作意欲も出てきます。日本の仕事やイギリスのゲーム雑誌の仕事をしたりしてたんですが、ワイフと出会って、日本に帰ってくることになりました。

グラマーな女性というのはもちろん個人的な女性の好みもあるんでしょうが、言い逃れじゃなくて、エアブラシっていう質感で描いてて、平面的なのを立体的に描くのがエアブラシ。フラットじゃだめで、誇張してやっていくんですよ。僕自身も昔は鍛えてました。プロテイン飲んだりして。腕立て100回やって。今でこそ女性アスリートも当たり前になってきていますが、アメリカでは女性も強くて、ワンダーウーマンみたいにね。

 

エスエスケイのキャラクターは1987年に初めて描きました。動物で運動神経がよさそうで強そうなものということでゴリラのキャラクター。今度はヒューマンなキャラクターがいいよね、と1994年にできたのがキャプテンSSKです。人間って顔で好き嫌いが分かれるので、万人に愛されるのは難しいんですよ。そうすると動物になっちゃうんですよね。でも、マスクをつけることで、有機的なものから無機的なものになれるんじゃないかと、チャレンジをしたキャラクターなんです。

 

キャプテンSSKは、スポーツ万能でマッチョ。何でもチャレンジしていきたいという男の子の一番いいところを持ってる人、夢の姿、そういう象徴ですね。キャプテンブラックはそのライバルとして登場しました。悪役のほうが、変な言い方だけど愛着が出てくるし、広がりがあるんですよね。もしかすると、自分が近いのかもしれませんね(笑)。


イラストレーターを始めて2013年で40年。テレビなんかでは誇張してイラストレーター界の大御所なんて言ってくれたりするんですが、いまだに長くやってます、と。ただ、一つの仕事で40年食っていくことができた。長いことやってきたので、楽しいこともきついこともありましたが、いろんな経験ができました。のらない時はギター弾いたりしてやってますね。

 

僕は毎年元旦に縁起かつぎで描き初めするんです。書き初めならぬ描き初めですね。今年のやつはまだ完成してないんですが(インタビューは2012年10月に実施)、自分が描きたいと思ったものを描く。仕事で描いてる絵とそんなに変わりはないんですけど、もう少しそんな絵を描きためたい。音楽とか色んなことをやりつつだけど、これからも、そうやって時間をかけて絵を描いていきたいですね。

 

1950年生まれ、東京都出身。ゲーム情報誌・ファミ通の表紙や動物占いのイラスト、オリックス・バファローズやサッカー日本代表、スペースワールドのマスコットデザインで知られる。エアブラシを使った独特のアメコミ風なイラストが特徴。2013年には画業40周年を迎える。