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ヒストリー

海外への進出

1978年10月、捕球部分にプレス加工によるディンプル(凹点)を施した野球グラブ「G-ONE-D」の開発に成功しました。捕球面のディンプル加工により捕球時の屈曲が楽になり、手にフィットしやすくなりました。また視覚的なインパクトも大きく、デビューから3年間で生産数量は100万個を突破。SSKを代表する商品となり、日本やアメリカなど5カ国で特許または実用新案を取得しました。

そして1979年からはアメリカで発売が開始。全米中で大きな反響を得たことから、SSKの本格的な海外進出がスタートしました。1980年にはロサンゼルスに「SSKアメリカインク」を設立。アラスカ、ハワイ州を含むアメリカ全土にわたって販売を行いました。また数十人におよぶメジャーリーガーへの販促活動や地元有力ソフトボールチームへのスポンサー活動、地域トーナメントへの協力などが実を結び、1984年にはアメリカでシェア4%を獲得しました。

1990年代に入ると、野球が公式種目となったバルセロナ五輪を控え、海外ナショナルチームへのサポートを開始。1990年2月にドミニカ共和国、6月にはオランダとイタリア、さらに開幕直前には地元スペインとオフィシャルサプライヤー契約を結びました。'92年にバルセロナ五輪が開幕すると、球場近くに「SSKベースボールクラブハウス」を開設。試合の最新情報の案内のほかSSK野球用品の紹介、選手の用具のメンテナンス、軽食サービスなどを行いました。また「SSKランチョンパーティ・イン・バルセロナ」を開催。世界野球連盟など世界の野球関係者などと幅広くコミュニケーションを図りました。この活動の成果の1つとして、翌'93年に世界野球連盟のオフィシャルスポンサーに選ばれ、'96年のアトランタ五輪では、審判用品・ボールボーイのユニフォームと用具一式を提供。現在、審判用品については国際野球連盟とアジア野球連盟、さらに日本プロ野球のセントラル・リーグのオフィシャルサプライヤーを務めています。

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