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ヒストリー

SSK野球用品の誕生

1950年、野球ユニフォームの生産を開始。これが「SSK」印を付けた最初の商品となり、SSKベースボールブランドが誕生しました。その後、改良を重ね1956年に立体裁断ユニフォームを開発。従来の裁断方法を改め、ワイシャツなどを参考に前身頃を深くクリ下げ、後身頃のクリを比較的浅くすることで、袖や脇が動かしやすくなり、裁断縫製工程の合理化にも成功。この立体裁断ユニフォームは、その後のユニフォーム裁断の基礎となり、多くのメーカーが採用するようになりました。
また野球用品の開発と販売の一方で、大阪・兵庫の福祉施設の児童を招待し楽しい1日を過ごしてもらおうとの趣旨で、1963年に「あすなろ野球大会」を開催。1967年の大会は甲子園球場で開催。審判には村山実・山内一弘など阪神タイガースの一軍選手が当たり、終了後にはサイン会も行われました。
1950年のユニフォームの生産以来、皮製グラブやスパイク、バットとラインナップを増やしていく中で、新製品の開発により力を入れるようになりました。1959年には、商品開発アドバイザーとして阪神タイガースの村山実選手と契約。これがプロ選手とブランドメーカーとの初めてのアドバイザリー契約でした。1962年には読売ジャイアンツ柴田勲選手と契約。現在のバッティング手袋は、柴田選手がヘッドスライディング時の手の怪我防止の目的で走塁時に身につけたのが最初です。当時も「赤手袋の柴田」と大きなニュースになりました。

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